Joana Choumali ジョアナ・シュマリ
Alba’hian
「Alba'hian」はアニ語(コートジボワールのアカン系民族の言語)で「一日の最初の光」「夜明けに差す太陽の光」を意味します。毎朝、夜明けの時間帯にシュマリは起床し、散歩に出かけます。ゆっくりと姿を現していく大地や建物を眺めることから、シュマリの一日はスタートします。朝の光が物質世界の姿を徐々に明らかにしていくのと同じように、この観察を通して、シュマリは自分自身の思考や現実認識の変化に気付いていきます。朝の散歩は彼女にとって、自分を見つめる儀式のようなものなのです。
朝の散歩の際には、シュマリは風景を写真に撮ることを習慣としています。その写真に、コラージュや刺繍、ペインティングやフォトモンタージュなど、様々な技法を組み合わせながら、何枚もの薄い布のレイヤーを重ね合わせます。そこには道行く人々のシルエットが写し出されています。そうして、アーティスト自身の朝のひとときの体験に隠された意味や啓示を想像させる「toile=キャンバス」が生まれます。シュマリの作品は、記憶や夢を構成する素材と同じものでできていると言えるかもしれません。長い時間をかけていくつものレイヤーを縫い合わせ、布の上にモチーフやドローイングの刺繍をほどこしていくプロセスは、まるで瞑想のようにも感じられます。
シュマリの作品の全体像を捉えるのは、容易ではないかもしれません。その美しさや複雑さは、朝の散歩のように、ディテールをひとつひとつ確認していくプロセスを経てはじめて、把握することができるのです。すべてのピースを丁寧に辿っていく過程は、まるで隠された宝物を探すかのようです。
それはシュマリと母国との関係にも似ています。シュマリにとって母国の大地は、自らの生命力を最も強く感じられる場所、どこに行っても詩的な感性に包まれているように感じる場所、活力や美を再生し続けている場所なのです。
バーチャルツアー
アーティスト
Joana Choumali ジョアナ・シュマリ
Special Interview|ジョアナ・シュマリ
2023年1月24日zoomにて
(インタビュー:鮫島さやか 構成:田附那菜)
写真のパワーに触れる
── まず初めに、写真との出会いについてお聞かせいただけますか。
子供の頃から雑誌や写真を見るのが好きで、光はどのようにしてさまざまな効果を生み出すんだろう、と想像していました。10代の頃、家族のポートレート写真を撮るため、写真家の方が家にいらっしゃいました。その写真家は誰かをありのままに、美しくするパワーを持っているように感じ、写真家と被写体の間に信頼関係があるように感じていました。私にとって、その写真家とのつながりがとても素敵で、「私もいろいろな人たちとの交流を通して、その人たちの存在を写真で表現できたらな」と思いました。その後、モロッコのカサブランカでグラフィックデザインの勉強をしていた時、新しい人々とつながるため、ドキュメンタリーポートレート写真を始めました。当時、被写体の人々のありのままの姿を写真に収めることに努めていました。これは「人間とは何か」ということを学ぶ良い機会でした。また、他の人のポートレート写真を撮ることによって、自分のことをもっとよく知ることができたように思います。
── 表現の手段としての写真は、シュマリさんにとってどのような存在ですか?
写真は、私にとって手段以上の存在です。写真は、私を成長させてくれ、支えてくれました。カメラのレンズはその対象物とのつながりを自然に作ってくれるため、写真を通して誰かと、また何かとのつながりを簡単に作ることができますし、写真は私を精神的な旅へと導いてくれました。プロの写真家として、写真は世界を広げてくれました。そうは見えないかもしれませんが、私は実はとても恥ずかしがり屋なのです。自分の作品の背後に隠れていれば、私は何でも表現することができますし、自分を表現する勇気が出るような気がしています。写真は私の人生の中心的で非常に大切な存在です。
刺繍と女性写真家としてのアイデンティティ
── 写真に刺繍をすることになった経緯を教えていただけますか?
写真家としてのキャリアがスタートした1990年代末、私の母国にはプロの女性写真家はあまりいませんでした。そのため、当時の自分にとっては、女性としてプロの写真家になることがとても大切で、周りにそれを認めてもらうことに必死でした。しかし、その目標を達成した頃、今度は自分の女性性とのつながりを再度築きたいと思ったんです。刺繍は、歴史的に女性の典型的な職業でしたよね。そこで、iPhoneで撮影した写真に刺繍をほどこそうと思いつきました。この斬新なアイディアは、写真という領域を超えて創作する道を開いてくれました。写真は、今日どのような存在でしょうか?写真というメディアを通して、女性として、写真家として私は自由を感じています。自分が女性であるという事実を、私は誇りに思っています。それを私は最も自然で、忠実に、そして誠実に表現したいのです。
── 作品に使われるミックスメディアについてもう少し詳しくお聞かせいただけますか?
ある時、ドキュメンタリー写真を撮るだけでなく、もっと深く自分の作品に向き合い、人間として、アーティストとして、女性として、黒人女性として作品に更なるレイヤーを加えるべきだと感じ始めました。そうしてさまざまな素材を作品に使うようになったのです。刺繍は独学です。国際的な雑誌や機関誌に掲載する写真撮影のために世界を飛び回っていた頃は、一つの作品に十分に手を加える時間はなかったのです。そんな中、自分の仕事をペースダウンし、ずっと温めてきた刺繍のプロジェクトを始めることに決めました。
私の一番よく知られている作品Ca va allerは、2016年のグラン・バッサム襲撃事件の後に制作されたものです。 タイトルのCa va aller はフランス語で「きっと大丈夫」という意味です。襲撃事件後、私はグラン・バッサムに向かい、目撃者や負傷者、あるいは家族を失った人々にインタビューしました。コートジボワールの人々はあまり自分たちの精神状況や感情を表に出すのが得意ではありませんが、精神科医の方々がカウンセリングの場を無料で提供してくれていました。人がトラウマとどのように向き合うかを学ぶのは、非常に興味深かったです。そこで、私はiPhoneでその場所を撮影することにしました。文字通り、私の周りには悲しみや息がつまるような重い雰囲気が漂っていました。また、当時家族の一員が床にふせており、私自身も無理をしすぎたのか病気にかかってしまいました。とても辛い時期でした。ベットの中から出ることができませんでしたが、生きるため、自分を律するために何か創作的なことをしなければと思いました。何かを制作している時は一番エネルギーを感じることができるんです。そこで、ベットの上で刺繍をすることにしました。自分のバッグに入る大きさの24センチのキャンバスに写真を印刷しました。刺繍をする作業は非常に瞑想的で、その時間は何かを作り出す作業に集中することができました。それは、誰のためでもなく、ただただ自分のためのものだったのです。
── 京都ではどのような作品を展示されるのでしょうか?
京都では、私の最新作であるAlba’hian を展示します。この作品のインスピレーションは自然に湧いてきました。歯が生えるときと同じで、ペースが遅くしたり速めたり、自分ではコントロールできないんです。このプロジェクトを始めた時、別の家族が病にかかり、私はとても心配でした。当時、家族の世話をするのに精一杯でしたが、同時に何かをただ自分のためだけに行う時間も必要だと感じました。そしてその時間が私に許されたのは、1日が始まる早朝だけでした。毎日、家族の容体が良くなるように祈りました。私は、太陽との面会に行くかのように、日の出とともに散歩に出かけることにしました。自分らしくいられる、自分だけの場所があるのは、本当に素晴らしい特権でした。その頃、自分のカメラで故郷、アビジャンの風景写真を撮るようになったのです。大都市であるにも関わらず、アビジャンの早朝はとても静かで、私は普段とは異なった本当の都市の姿を垣間見ることができました。散歩をしている最中、私は思い出や人生におけるさまざまな瞬間について思い起こしていました。iPhoneで自分の周りにいる人々や、早朝に道で出会った人々などを撮影することもありました。そうして自分が感じたことや見たことを新たに表現するようになったのです。夜明けの空の色を手作業で再現し、布を何重にも重ねて強調することにしました。
── 新型コロナウイルス感染症の後、シュマリさんが日常生活で大切にしていることについて教えていただけますか?
はい。新型コロナウイルス感染症によって私の生活も大きく変わりました。たくさんの人が親しい人や愛する人を亡くしましたよね。私の母もまた、新型コロナウイルス感染症によって、昨年命を落としてしまいました。本当にむごいお別れでした。実は、今でも母を亡くしてしまったトラウマから立ち直ろうとしているところなのです。その経験から、私が一番大切にしていることは、「現在」です。私はもう何かを後回しにしたり、延期したりすることはしたくありません。やらなければならないことは、今やります。私はただ、今を精一杯生きたいのです。命はとてももろく、保障されないということを学びました。私たちは、今、この感染症が終息して全部また元に戻ったと考えがちですが、世界はまだ回復の一途を辿っている最中です。きっと、それには私たちが思っているよりもっと長時間を要するでしょう。私たちの行動や人との関わり方など、たくさんのことが変わりました。それを傍観するのはとても興味深いです。それに、今後社会がどのように変わっていくのか、新しい社会がどのように展開していくのかを観察するのもまた面白いです。世界中の皆が初めて自分たちの存在について問い直す時が来たのですから。
ご近所さん―京都とアビジャンを結ぶ新しいつながり
──出町桝形商店街でも展示されると伺いました。そこではどのような作品が展示されるのでしょうか?
出町桝形商店街で展示される作品のタイトルはKyoto―Abidjanです。この商店街で展示することが決まった時、私は、本物の京都人に会えるのではないかと思い、本当に嬉しかったです。この作品を通して、京都とアビジャン両都市の境界線を曖昧にすることができないか、と考えています。アビジャンの市場で撮影した人々と、京都の出町桝形商店街で撮影された人々との関係を写真で可視化したいと思っています。今回は両都市の市場でそれぞれ同じような職業に就いている方々を作品上で関連づける予定です。
── シュマリさんの作品は、異なる背景やルーツを持つ人々の間に新しいつながりを作ることになりますね。
違いを探すのではなく、似ている部分に注目するべきだと私は思っています。私たちはお互いに学び合いながら、思っている以上に多くのことを共有しているのです。出町桝形商店街に展示される作品には、二つの写真が一つのキャンバスに並んで印刷される予定です。片方が京都の写真、もう片方がアビジャンの写真です。そうすることで、別々の場所にいる二人がまるで同じ市場で働いているかのように見えたらいいなあ、と思っています。それは、あたかも京都とアビジャンの市場がご近所さんであるかのようで、私が架空の市場を創造するような感じです。私たち皆が集うことのできるハイブリット市場。私の故郷の人々を京都に連れてくるようなイメージです。
── KYOTOGRAPHIEのための新作なんですね?
はい。KYOTOGRAPHIE でのレジデンスプロジェクトの一環になります。並んだ両都市の二つの写真が一つのイメージになるように、写真の境目を刺繍モチーフでつなげます。カラフルに仕上げる予定です。作品の中に写っている二人の存在を平等に描写したいので、かれらが並んで立っているような感じで、京都とアビジャンの人々の共通点を表現したいと思っています。
── 出町桝形商店街の方々はきっと、このプロジェクトに参加できることを誇りに思うと思いますよ。
そうだと嬉しいです。商店街の方々の姿が作品の中に登場する予定です。
──手作業で行われるシュマリさんの刺繍には完成までかなりの時間がかかりそうですね。一つの刺繍作品を仕上げるのにどれくらいかかるのでしょうか?
私は何点かの作品に同時に取り組むので、一つの作品を仕上げるのに何か月もかかります。刺繍作品にはたくさんの段階があり、多くのレイヤーが重なっています。キャンバスを用意したら、最初は空だけに手を入れます。その後に影。そしてその他のレイヤーを入れていきます。刺繍は最後の段階でほどこします。半年ほどかかる作品もあります。時にはそこに絵を書き足すこともあります。とても長いプロセスなんです。
── なるほど。非常に複雑で集中力のいる作業ですね。
はい。たまに、作品がほとんど完成する段階で、何かを足したり、消したりしなければいけないと感じてしまうこともありますし、全てを白紙に戻してやり直すこともあります。それは、作品を制作し始めたその時に感じていたことが、今、ここにいる私が共感できないことがあるからです。私にとっては、いかに自分に誠実に向き合っているかという制作過程が一番大切なんですよ。素材や作品そのものに愛着があるのではなく、制作過程での自分の体験を大事にしています。
── KYOTOGRAPHIEの来場者の皆さんに一言お願いします。
京都に行くことが待ちきれません! KYOTOGRAPHIE にいらっしゃる全ての人々にお会いするのを今から楽しみにしています。アートは人とコミュニケーションを図るのに最適な方法です。日本に行くのにこんな素晴らしい機会はありません。ワクワクしています!
1974年生まれ。コートジボワールのアビジャンを拠点に活動するビジュアルアーティスト、写真家。カサブランカ(モロッコ)でグラフィックアートを学び、広告代理店でアートディレクターとして働いた後、写真家としてのキャリアをスタートさせる。主にコンセプチュアルなポートレート、ミクストメディア、ドキュメンタリー写真に取り組む。シュマリの作品の多くはアフリカに焦点を当て、アフリカの無数の文化について学んだことを表現している。主な受賞歴に、「CapPrize Award」(2014)「Emerging Photographer LensCulture Award」(2014)などがある。2019年には、「希望」をテーマにしたシリーズ「Ça va aller」で、第8回「プリピクテ」のアフリカ人初の受賞者となる。著作に『HAABRE, THE LAST GENERATION』(2016)がある。2020年、ハーバード大学ピーボディ考古学・民族学博物館のロバート・ガードナー・フェロー(写真部門)に任命された。
キュレーター
Maria Pia Bernardoni マリア・ピア・ベルナルドーニ
マリア・ピア・ベルナルドーニは、キュレーターおよび多文化横断的プロジェクトの企画者として、地域コミュニティを主体とする社会的インパクトの強いプロジェクトの企画と振興に特に力を入れて活動している。キュレーターやコンサルタント、またアーティストの代理人として、西アフリカ諸国のアーティストや団体と連携してきた経験を通して、アフリカの数多くのアート関係者との間で信頼を醸成し、ネットワークや人脈を構築してきた。2015年からはAfrican Artists’ Foundationが企画する国際展のキュレーターを務め、写真フェスティバル「LagosPhoto」では2015年から2019年にかけてキュレーターチームの一員として活動した。難民申請者やフランス国民へのインタビューによって構成された短編映画「If I Left My Country」(私が母国を離れたら)の原案・監督を務め、本作は2018年のアルル国際写真フェスティバルで上映された。2020年にはブライトン大学客員研究員として、学術界と現代美術の世界をつなぐ革新的な協力体制の構築を目指すプロジェクトに取り組んだ。